本日は開業記念日なり

北国盛岡もやっと春の陽気となりました。

さて、24年前の今日は、私が東京は渋谷に「花咲人」(はなさと)というカラオケスナックをオープンした日です。
その2年前の夏に勤務先が倒産。
失業者となった私は、「えれがんす」というスナックで働いておりました。実は、会社に内緒で深夜までバーでアルバイトをしていたので手慣れたものでした。

えれがんすの常連にサツキという豪快な女性がいました。ワタクシを何故か「ねえさん」と呼んでいました(笑)。
一方、サツキには「じいさん」と呼ぶ彼氏がいました(爆)。
ややこしい話なのですが、ある日サツキが「おい、じいさん!あの店ねえさんにやらせろよ。」と言ったのです。
「なんのことだろう?でも、これがチャンスってやつなのかも?」と、すぐさまその店を見に行きました。
惚れた女の言うことに、じいさんはOKを出し、私は晴れて店を持つことになったのです。

サツキを立てようと、彼女の誕生日にオープン。
最初にドアが開いた瞬間を今でも覚えています。
実はよくある話ですが、その後じいさんとサツキ、じいさんとワタクシの間にすったもんだがあったとさ。
ですが、サツキの「おい、じいさん!」発言がなかったら私はどうしてたでしょうか?
サラリーマンに戻ってたのかもしれません。
今日はサツキの誕生日でもある訳です…元気でいるかなぁ?

その後、花咲人をスタッフに任せて、道玄坂に「ディオニソス」という店を開店。渋谷にはトータル10年いました。
そして、随分色々とあって新橋に移転。今の「燈門」という屋号に変え、そこが伝説のシャンソニエ「アダムス」の跡地だったことから、ライブハウスの真似事を始め、自らも唄うようになったのです。
新橋で8年ちょっと営業。そして、大阪へ。更に盛岡へ…。

今日は初心に戻る日。
花咲人…いや、えれがんすからのお客様、かつてのスタッフと今でも繋がっていることに感謝します。
新橋、大阪でも良い人の輪が拡がりました。そして、盛岡、仙台にも。
この鉄砲玉のような私を今後とも宜しくお願い致します。

因みに、ディオニソスは「玄」というスナックとして友人が引き継ぎ、新橋燈門は「ベッラマッティーナ」というライブハウスとして、先輩歌手が引き継ぎました。大阪燈門も盛業中。
帰る場所が沢山出来ました。

花咲人の跡地(東京・渋谷区渋谷二丁目)