賢治さん的休日 ~前編~

昨日9/21は宮沢賢治さんの御命日。
毎年この日には「賢治祭」なる催事があるのだが、今年はコロナゆえ中止に。
実は賢治祭には参加したことがなく、岩手Uターン後の楽しみにしていたのだが叶わず、せめてお墓参りを…と、この連休は22日のみお休みをいただき、花巻に向かった。

花巻駅から早速「やぶ屋」さんへ。
ここは賢治さんが「Bush」と呼んでいた蕎麦屋。決まって天ぷら蕎麦とサイダーを頼んでいたらしい。当時天ぷら蕎麦は15銭、対してサイダーは23銭。今の値段でいうと天ぷら蕎麦が1000円、サイダーが1500円位。サイダーはそれほど高級飲料だったそうな。
賢治さんは弟の清六さんや生徒を連れて来てはご馳走していたとのこと。
今でもやぶ屋さんには「賢治セット」なる天ぷら蕎麦とサイダーのセットがあり、迷わず注文。1100円也。今サイダーに1500円取られたらちゃぶ台返しものだわね(笑)。

その後、賢治さんが設計した花壇が残る、その名も「茶寮かだん」さんへ。
旧橋本家。呉服屋を商っていたそうで、ここは離れだったらしい…ひょんなことから譲り受けたというオーナーの一ノ倉さんが丁寧に説明してくれた。
なんとワタシが座った席に賢治さんがよくお座りなり、お庭を眺めていたとのこと。

 

その後もてくてく歩いて賢治さんの生家跡へ。今も宮沢家の方がお住まいになられる。
そして、母イチの実家へ。現在も「宮沢商店」(業務用食料品を扱う)として営業中。
産湯に使った井戸が現存。どうやら正しくはここが生誕の地とのこと。

更にてくてく。「雨ニモマケズ」の詩碑のある「桜地人館」奥の広場へ。

ここは賢治さんがいよいよ一農民として生きることを選び、自炊しながら農業指導や文学活動をしていた「羅須地人協会」のあった場所。賢治祭はここで開催されている。
(羅須地人協会の建屋は現在花巻農業高校に移築)

 

すると、近くで農作業をしていたおじさんが話かけてきて「下ノ畑」はここから北上川に向かったところにあると言う。
着けばコスモスが咲き乱れ、トンボが舞い「よぐ来たな」と賢治さんが笑っているような気がした。

その後、花巻在住の友人と落ち合い、宮沢家のお墓のある「身照寺」へ。

お墓参りを済ませ、賢治さんもお泊まりになっていた「大沢温泉」に到着。GOTOと地元割を使い、夕食付きで驚愕の1510円にて宿泊。

ひっつみ(すいとんのような岩手の郷土料理)などなどをいただき、ほろ酔いで床に就いた。