導かれるままに(その参)

高野山では宿坊に泊まったことを書きました。
翌朝早くに勤行があるので、宿泊客は早々に寝る支度を始めるのです。門限は9時、消灯は10時。
木造ゆえズシズシと足音と振動が響くので、無駄に身体の大きい私は注意しながら歩いておりました。
歯を磨きに行くと、共用の横長の洗面台は懐かしいタイル貼り。排水口はひとつなので、私が口から出した歯磨き粉の白い泡が他人様の前を横切ることになる。私と排水口との間に洗顔している女性がいらしたので、ホッペをおたふくのようにして場所替え。
すっぴんのお顔で「すみません。」とその女性。素敵なふれあいではあ~りませんか!
すると、近くの部屋から赤ん坊の泣き声が・・・しかも、なかなか泣き止まない。
「ちっ。こんなことろにガキ連れてくんなっつーの!」とイラつく私。
翌朝6時半からお勤め。ギックリ腰になっては・・・と、正座が怖くて外国人の団体に混じっていたので、住職は私に英語で話しかけてきます。
白人比率が高く、皆さん真剣な眼差しで住職を見つめています。
焼香が始まると「日本人の真似をしなさい。」みたいなことをガイジンチームにおっしゃいました。
ところが肝心の日本人がうろたえています。
すかさず「焼香の前に一礼!焼香するのではなく“させていただく”のですよっ!」などなど檄が飛びます。
すると、前夜に泣いていたと思しき赤ちゃんを抱きかかえた母親が、子の額に香をあてること三回。子と共に深々と礼。
慣れていらっしゃいます。赤ちゃんも何かを感じているのか静かにしています。
元気に育つようにと願っているのでしょう。前夜に「このガキめ!」と少しでも思った自分を恥じました。
お勤めが終わって住職の説法を聴きます。
「高野山は宗教都市。町全体が聖域です。しかしながら、眺めが良いので二輪車(ハーレーが多いとのこと)が増えて困惑しています。」と苦言。
お経が聴こえず中断することも多いとか。乗っているのは団塊の世代が多いとおっしゃられました。
「お勤めの席も昔は少しでも仏様のお近くにと、前の席を争ったものです。」と、後ろへ固まる日本人を一瞥。
そういえば私も最近叱られることがない。叱ってくれる人の存在って有り難いんだなと思いました。
そして各所で「ポケモンするな。」の注意書き。悲しくなりました。
畳の縁を踏んではいけなかったんだな。箒で掃くときは“目”に沿って掃くんだったな。暮れには障子の張替えをしたな。
など、長年和室のないマンション暮らしなものだから、忘れていた多くのことを思い出す。
美輪さんもおっしゃってた。「父親がいなくても、父親の座布団には父の威厳があった。だから、子どもが父親の座布団に乗ると母親は叱ったものだ。そうして敬う心が育つのだ。」と。
やはり日本人特有の美意識や礼節は和室で育つのね、とか思ったり。

     

 

さて、二泊目は吉野の民宿。女将とすっかり仲良くなり、CDを差し上げちゃいました。とっても喜んでくださいました。
女将のブログがあるようなので紹介されるかもです。
吉野は傾斜地(てゆーか、もはや崖)に家屋か建てられており、通りから入ると、必ず地下があり、場合によっては地下2階も。でもそれぞれ窓があります。
それも吉野の楽しみのひとつです。
旅の終わりに土産物屋に入りました。
いらっしゃいませの代わりに「ようお参りで。」って!良い感じ。
短い竹箒を買いました。公園に面したマンションに住んでいるので、この時期落ち葉の吹きこみがスゴイの。これでベランダを掃こうって・・・。
手にするとお店の女性が「私の手作りなのよ。」と。「なんだか、ナイロン袋に入れたくなくてケースも縫ったの。」と、古い着物地で作られた袋をくださった。
その優しさに感激してお釣りは結構です(200円なのだが)というと、そんな訳にはいかないと、私に200円を握らせ、更にこれも持ってってと。
またまたお手製の“てるてる坊主”。
「明日元気にな~れ!」って書いてある。
泣きそうになりました。
「またお参りください。」
「はい。必ず参ります。」
宿に預けた荷物を取りに戻ると、「紅葉も桜も良いが、新緑の頃も良い。GW明けから梅雨入り前の、人の少ない時期がオススメです。」と言われた。
ええ、参りますとも。
その時私は何を思い、何を目指しているのだろう?
吉野再訪をひとつのチェックポイントにしようと思う。

終わり良ければ全て良し!2泊3日の中年男のなんちゃって修行の旅はかくして終了。
そうそう、吉野の宿で普段観ることのないTVを点けると室生寺の特集をやっていた。
「ここも奈良か…。」雪の頃に訪ねてみようと思う。
何やらすっかり奈良にハマった私です。

   

 

 

おわり